原書のタイトル“Built: The Hidden Stories Behind Our Structures”を「建築構造」と意訳しているために本書の読者層はやや狭まってしまっているかもしれません。本書の著者であるロマ・アグラワル(Roma Agrawal)は、インド系イギリス系アメリカ人で、オックスフォード大学物理学部で学士号を取得後、インペリアル・カレッジ・ロンドン(Imperial College London)で修士(構造工学)を取得した構造エンジニアです。イタリア人建築家レンゾ・ピアノ(Renzo Piano)が設計したロンドンの「ザ・シャード(The Shard):地上87階建、高さ310メートル」の構造計算にも携わった、構造設計を専門とする女性技術者で、彼女の経験やインタビューをもとに著された本書は建築・都市・デザイン系の学生全般にとって興味深い内容となっています。
内容は13章に分かれており、「FORCE(建物が支える力)」から「DREAM(夢のような構造を実現する)」まで、象徴的なキーワードが章タイトルに付けられています。「FORCE(建物が支える力)」では、橋梁や建築物にかかる重力や風力、地震に対抗するためにどのようにすればよいのかが具体的に示されており、また、32ページには『新たに建物の設計を始めるとき、建築家が丁寧に作成した、完成後の建物の外観に関する図面をじっくり見る。エンジニアはある程度の年数を重ねると、ある種のⅩ線的透視能力を身につける。建物を試練にさらす重力やそのほかの力に抵抗するために必要な骨組みを、図面の中の建物から透かして見ることができるようになるのだ』と述べ、さらに彼女はその域に達しているとも記されています。構造設計を行う際の経験に基づく直観のようなものかもしれません。
「CLAY(土を建材にする)」ではレンガづくりとレンガ造について、「METAL(鉄を使いこなす)」では鉄が生み出されてきた歴史と鉄の性質について、「ROCK(石を生み出す)」ではコンクリートの性質と鉄筋コンクルートの強みについて、「PURE(水を手に入れる)」では人間がいかに水を得てきたか、そのためにいかに苦労してきたのかについて、「CLEAN(衛生のために)」では下水道の重要性やいかに清潔な水に戻していくかについてなど、その他の章を含めて単に「建築構造」にとどまらない、人が都市で暮らしていくうえで必要となる環境問題やSDGsにもつながるような幅広いテーマが取り上げられています。終章の「DREAM(夢のような構造を実現する)」の334ページでは、『エンジニアリングがあるからこそ、人間は人間らしくいられるのだ。(中略)エンジニアリングは、まず衣食住での必需品を、次に作物を栽培し、文明を築き、さらには月まで飛んでいく手段を与えてくれた。何万年にもわたるイノベーションのおかげで、今の私たちがあるのだ。人間の創意工夫に限界はない。私たちは常に、より多くのものを作り出し、より良い生活を求め、次から次へと課題を解決していく。エンジニアリングは文字通り、私たちの生活の骨組み、つまり私たちが住み、働き、存在する空間をかたち作ってきたのである。そして、それは私たちの未来もつくり出していくだろう』と述べ、受け取り方によっては、理工系学生にエールを贈ってくれているようにも聞こえます。
力学や環境問題の学修にあたり、歴史もふまえて、分かりやすく、易しく学びたいという学生にはお勧めの1冊です。
図書館ではこの図書を所蔵
(駿: || 船:726.1||I99 ||1)
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