おすすめの本

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☆おすすめの本☆ 建築と不動産のあいだ そこにある価値を見つける不動産思考術 高橋寿太郎著 / 推薦者:宇於﨑勝也(建築学科/不動産科学専攻)

著者の高橋寿太郎氏は大学・大学院で建築デザインを学び、有名なアトリエ事務所に勤務した後、ほとんど偶然のような形で不動産会社に転職し、住宅の分譲開発、売買仲介、賃貸管理、コンサルティング業務などをひと通り経験して独立、現在は「創造系不動産株式会社」の代表取締役となっている。

本書は3章構成で「1章 なぜこれからの建築に不動産思考が必要なのか」「2章 クリエイティブな不動産思考の方法」「3章 建築的・不動産思考の実践-6つのケースステディ」で構成されている。1章は、今日の建築や不動産を取り巻く状況の解説がなされ、インターネットの普及や少子化・高齢化が従来からの住宅の建て方、持ち方の意味を変えてきている現状を紹介している。誰にでもわかりやすい解説なので、勉強だと思って読み進めればよい。2章は高橋氏が経験にもとづき生み出した、建て主(施主、依頼者)と建築家と不動産業者の3者の協働による土地の見つけ方から居住が始まるところまでの一連の流れ(後述)。3章は2章であげた方法論の実践例として6つの実例の紹介となっている。実はこの紹介例が一番わかりやすい。建て主も建築家も不動産業者(高橋氏)も実名で登場し、本書で提案されている方法論がどのように活かされたのかが具体的に紹介されている。この部分は読んでいただくしかない。

さて、本書で提案される方法論は「VFRDCM」のフローである。それぞれのフェーズの頭文字をつなげてこのように呼ばれている。Vision、Finance、Real estate、Design、Construction、Managementの6つである。ビジョンフェーズはライフプランや将来像を確立すること、ファイナンスフェーズはお金の借用と返済の計画(将来の教育費なども見込んで無理なく)、不動産フェーズは土地探しや権利調査、売買契約など、設計デザインフェーズは具体的な建物の設計、施工フェーズは施工会社への依頼と工事、マネジメントフェーズは登記、引越し、運用となっている。通常の場合、建て主は不動産会社や宅地建物取引士の仲介で銀行ローンを組み、土地を購入し、住宅展示場などに通ってハウスメーカーや建築家を選んで設計を依頼、ハウスメーカーならば自社で、建築家ならば地元の工務店(施工会社)などが施工をし、引越し業者に依頼して引っ越すという、建て主が自主的に各フェーズで専門職に依頼をし、その際、家族の将来像などは曖昧なままということがしばしば見られる。しかし、これはよく考えると「行き当たりばったり」的ではないかとの疑問から「VFRDCM」を思いついたようである。このやり方では建て主から相談を受けると。建築家とともにまず3者で家族の将来像を洗い出すことから始める。つまり子供も含めて将来どのような生活になっていたいのかをより具体的に聞き出す。そのうえで、3者でいくつもの場所を回り、最適な土地を発見する。この際、建築家は土地の上にどのような住宅が建ちそうか、その場で建て主にアドバイスをするし、不動産業者は権利関係や費用面のアドバイスをする。土地探しから3者が家族の将来像に合うか否かを現場で確認しながら比較していく。土地が決まれば不動産業は家族の将来像に照らして無理のない銀行ローンを組み、仲介して土地の購入を行う。銀行ローンの手続きなどは煩雑な書類のやり取りなどがあり、手助けしてくれる不動産業者がいるのといないのでは大きな違いとなる。土地が入手できて初めて住宅のデザインに入る。建築家はビジョンフェーズから家族と接しているので、早くデザインをしたくてウズウズしているという。設計が決まれば適切な施工会社に依頼し、竣工するまで見守る。家族が引越しを行って住宅を使い始めてから住み心地の確認を行う。著者は業務として直面しているのでもっと各フェーズをうまく説明しているが、簡潔に紹介すると以上のようになる。土地を選ぶところから一貫して建築家と不動産業者が関わると、いろいろな良い面があることが分かる。また、家族の潜在的な希望なども3者で話し合いを進めていくうちに明らかになって、非常に満足度の高い住宅をつくり上げることができる。住宅という一生に一度しかない大きな買い物をするのに、このような一貫したコンサルティングをしてくれることは心強い限りと思われる。住宅を建てたことがある人ならより実感をもって感じることができるであろう。

建築と不動産の間には見えない壁があって、それぞれが専門職として独立して建て主に関わり、業界も大きく分かれていたと思われる。しかしこの「あいだ」をつないで協働すると、建て主の大きな利益が見えてきた。高橋氏の提案は非常に合理的で有益なものと思われる。これから社会に出る学生には既存・既成を見直す発想の転換の方法論として読んでもらえばよいと思う。

最後に本書のいう「あいだ」をつなぐ作業は、1985年に設置した建築学科企画経営コース、1992年に創設した大学院不動産科学専攻で既に30年にわたって実践してきたことを再確認した。これらのコース・専攻では当初から「工学、法律、経済にも明るい、企画・経営・維持・管理に及ぶ総合力を持った」人材の育成を目指してきたが、建築家、不動産業者の両者の素養をもつ人材を育成し、専門職2者ではなく、ひとりで両方ができる人材を育ててきたのだと改めて得心したところである。

図書館ではこの単行書を所蔵

駿:520.9||Ta 33、船:520.9||Ke

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